ニューロンの室礼

日々思ったことを整理するための、ごく汎用なブログです。

「ロープ」

 

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ロープ


1948年、アメリカ。
アルフレッド・ヒッチコックの作品です。

「ロープ」は、撮影方法が実験的で話題に上ることが多いですが、私は物語そのものに惹かれます。殺人犯の思想と探偵役の思想が似ているようで、全く違うのです。この二人のやりとりには見応えがあります。

古畑任三郎」や「刑事コロンボ」と同じく、冒頭で殺人が起こり、視聴者だけが殺人犯を知っている。現場に現れた探偵がどのようにトリックを解き明かし、犯人にたどり着くか。という、倒叙ミステリーになっています。しかし、この作品にはトリックらしいものはありません。どちらかというと人物劇というか、登場人物の設定や仕草に魅力があると思います。
 
 ここからはネタバレが含まれます。
 犯人はブランドンとフィリップの二人組。有名な大学を出ている知的な二人組です。彼らはその日の夜、休暇へ出かける予定です。ピアニストであるフィリップの演奏旅行も控えており、田舎でゆっくりしようということでした。午後から、彼ら二人組の送別会が行われます。そして、彼らは殺人を犯します。ロープで首を絞めます。
 ブランドンは、ニーチェの「超人理論」を元にした思想を持っています。優秀な人間は道徳を超越しているから、殺人を犯しても良い。道徳的観念は劣った凡人の為のものだから、自分は殺人を犯しても良い。それは芸術のようなものだ。と、奢ります。
 一方、フィリップの方は、ブランドンにそそのかされた全くの凡人です。殺人を犯してしまった。捕まらないか、バレやしないか、不安でしょうがない。といった様子で怯えています。
 この人物設定に大きく惹かれます。ブランドンは知的で自信屋。そんな男が、自分は優れていることを証明する為だけに、殺人を犯してしまう。なかなかの狂人です。こういう男が悪役の作品は見応えがあって、個人的に好きですね。そして、普通の思考を持つフィリップとの対比がよく表れています。スーツの色も濃紺色と臙脂色で対比されています。(多分。)
 殺された人物はデイビッドという男で、二人組と同じ大学の友人です。ブランドン曰く「彼は劣っているから、我々の被害者になった」そうです。
 ブランドンはデイビッドの遺体を部屋の真ん中の大きなチェストに放り込みます。チェストの鍵は壊れています。開けられたらおしまいです。フィリップは、怖くて仕方がありません。しかしブランドンは、デイビッドが使っていたグラスを手に取り光悦な表情を浮かべます。
 あろうことかブランドンは、デイビッドの遺体が入ったチェストの上で送別会をしようと言い出します。意気揚々とチェストの上に料理を運ぶブランドン。その様子をビクビクしながら見ているフィリップ。
 そうこうするうちに客人達がやってくる時間です。訪ねてきたのは手伝いのおばさん、デイビッドの父親、デイビッドの婚約者、デイビッドの友達……。彼らは、デイビッドの遺体が入ったチェストの上で食事をしながら談話に花を咲かせます。ブランドンもカラカラと笑いながら談話に加わります。それを遠目から不安な様子で眺めているフィリップ……。とんでもない構図です。
 調子に乗ったブランドンは、客人達にデイビッドのことをあれやこれやと言いふらします。そのうちに客人達は、おかしいな。と思い始めます。どうしてそんなにデイビッドのことに詳しいのか。その日のうちにデイビッドにあったのか。そういえばデイビッドはいつになったら送別会に現れるのか……。客人の一人はブランドンに問い詰めますが、彼ははしゃぎながら冗談ばかり言っています。彼は誤魔化すのもうまいのです。
 
 そこに探偵役の登場です。ジェームズ・スチュワート演じるルパートです。知的なことはもちろん、ユーモアがあり、頭が切れます。渋くていい男です。彼は、二人組が大学生の頃に世話になった舎監で、いわば彼らの先生です。特にブランドンは彼に大きな影響を受けています。実はルパートもブランドンと同じく「超人理論」を元にした独自の解釈を持っています。
 ルパートも加わりますます盛り上がる送別会。ブランドンはしきりに「超人理論」を熱弁します。ルパートも否定はしません。客人達は彼らの思想についていけません。
 ルパートは違和に気づきます。始終ビクビクしているフィリップ。いつも以上に興奮しているブランドン。いつになっても姿を見せないデイビッド。明らかにおかしい。
 面白いことに、それまでカリスマ的な存在だったブランドンが、ルパートと対峙すると急に小物臭く思えてくるのです。ルパートから見れば、ブランドンも何かに怯えているように見えたのでしょう。他の人間は騙されても、ルパートは騙されません。ルパートは客人達にこっそりと探りを入れていきます。

 送別会が終わり、ルパートも含めた客人達は一旦帰ります。大満足のブランドン。ほっとするフィリップ。そこに一本の電話。ルパートです。
 タバコ入れを忘れた“ふり”をしたルパートは現場に戻ってきたのです。何かがおかしい。彼は静かに確信を突いていきます。あくまでも証拠がない疑いとして……。
 観念した二人組は、ルパートにデイビッドの遺体を見せます。ブランドンはルパートに食ってかかります。しかし、ルパートはあっさりと彼の思想を論破します。なんの権利があって自分を優れた人間だと決めつけたのか。と。

「君には殺人を実行させた何かがあった。僕には実行させない何かがある。」

 至極まっとうな意見です。結局は、自分が優れていることを証明するために殺人を犯した時点で、一番劣った人間であることを証明してしまった。ということでしょうね。ただの歪んだ快楽殺人です。本当の「超人理論」はそういうことではないのでしょう。
 私は、この最後の二人のやりとりがすごく魅力的だと思います。思想と思想のぶつかり合い。とても見応えがあるし、考えさせられます。
 最後のシーンにはもう一つ魅力があります。それは構図です。真ん中に象徴的にチェストが置かれ、その周りに、疲れ切った探偵役、殺人を犯した狂人、狂人にそそのかされた情けない男の3人がそれぞれ茫然と佇んでいる。沈黙。外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。そして幕が下りる。素晴らしい。